近代建築と開拓の歴史が残る旧青木家那須別邸
道の駅明治の森・黒磯の売店に向かう途中に気になる建物を発見しました。

森の洋館!?
とちぎ明治の森記念館

看板を見る限り、あの森の洋館みたいなところは青木邸と呼ばれる建物らしい。

よし、建物大好きだから行ってみよう!
なんだか物語の主人公になったみたいでとても楽しみです。
旧青木家那須別邸
旧青木家那須別邸は国重要文化財に指定されています。
近代の日本建築の歴史が見れるよ!
この青木邸は、日本建築の近代化が進んだ明治初〜中期の建築です。
青木邸に着くと、靴を脱いでスリッパに履き替えます。
入り口で観覧料を払い、パンフレットをもらっていざ建物探訪。

めっちゃおしゃれ!!お金持ちの匂いがする!!(失礼)
青木氏は庭に鹿を放って猟を嗜んだりしていたとのことです。
廊下に飾ってある剥製は仕留めた鹿だったようですよ。

いろんな部屋があってとても楽しいです!こんなにたくさんの部屋があって立派なのに別荘ときたもんだ。
個人的には上記の画像の和室の空間がかなり好きです。
一部屋で和洋折衷を感じます。天井がかなり低いのですが、窓の近くの天井だけ高くなっているので不思議と狭さを感じません。

窓も多く、外の光もかなり取り入れられてるのももしかしたら狭さを感じない理由かもしれません。
青木氏は和室があまり好きではなかったようだけど、私は西洋文化が絶妙に混ざってるこの空間が結構好きだな。
建築の特徴
見た目で分かるところとしてはドイツ建築の特徴である急勾配の屋根や、2段階に勾配の変わる腰折れ屋根、ドーマー窓がある西洋風のデザインになっています。
見えないところ(骨組み等)としては、壁には可能な限りの筋交をして板を貼り、ペンキかクロス貼りで装飾しているところです。
青木邸が建てられた明治20年ごろは公共の建物にはレンガを使う建築方法が浸透し始めている時です。庶民の日本家屋の壁は土壁に漆喰を塗っているものが多いので、そんな背景を考えると貴族を始めとして個人の家に西洋文化が少しずつ混ざり始めていることが分かります。
間取りの特徴
明治時代になると、プライベート空間とパブリック空間を分けるような間取りになっていきます。

青木別邸の間取りを見ると、2Fは家族の空間(寝室がある)、1Fはおもてなしの空間(応接室や食堂など)であることが分かります。
1Fの間取りを見ると、来客があった時にすぐ対応できるように使用人室が正面玄関のすぐ近くにあり、主人室は大食堂に繋がるようになっています。
想像でしかありませんが、この間取りだと来客の方々がプライベート空間に入りにくいような動線を作っている感じですね。
家主は青木周蔵
青木周蔵は留学生としても外交官としてもドイツに滞在していました。
日本にドイツ文化を伝える役目も果たしています。
日本にビールを広めた
ドイツでたくさんの文化を学んだ青木氏は当時の北海道の開拓者長官である黒田清隆に「ビールめっちゃいいよ!酒よりもアルコール度数低いし栄養もあるから健康にもいいよ!北海道の気候にも適してるし経済の助けにもなる!(意訳)」と熱い気持ちを送りました。
同時にドイツに留学していた中川清兵衛にドイツでビール醸造の取得をしてもらうために援助をしていました。
中川氏は「ビール作ろうぜ」という書簡を受けた黒田氏に抜擢されて日本で初めてのビール作りの第一人者となりました。
ちなみにこの時に作られた醸造所が後のサッポロビールです!
青木氏がビール作ろうぜって熱烈にアピールしなかったらもしかしたらサッポロビールはなかったかもしれませんね。
那須野が原を開拓した1人でもある
青木邸がある那須野が原はかなり荒地だったようで、農作物を作ることがとても難しかったと言われていました。
そこに青木氏はドイツで出会ったユンカー(地主貴族)の生活に憧れて、那須野が原に青木農場を開設し、農場の近くに青木邸を建てたのです。
ユンカーは自分が所持している農地に暮らし、領地経営をしていました
他の華族たちも夢や理想の生活を叶えるために農場の近くに別邸を作り、農地の開拓にたくさんの援助をして農作物が作れる土地にしていきました。
今の那須野が原で豊かな作物が取れるのは、夢や理想を叶えたかった華族たちやそこに住まう人たちの努力が積み重なってできた形なんだね。
設計したのは松崎万長
松崎万長は、ドイツスタイルの建築が多いです。
というのも、ベルリン工科大学で建築学を学んだからだと思われます。
屋根はトラス構造という三角形の形で強度を上げる構造が使われているようです。
トラス構造は部材が小さくても作れるんだよ!どんなに広い空間でも強度が保てるのが特徴。
屋根の構造が見れる屋根裏が非公開なので、実際の骨組みを間近で見ることはできませんでした。
ドイツが好きな青木周蔵だからこそ、ドイツスタイルの建築を得意とする松崎万長に別邸の設計を頼んだのかもしれませんね。
青木邸は近代建築と那須野が原の歴史が込められている

明治時代の建物が残っているのもすごいけど、建物一つでドイツの文化を取り入れた様子や、開拓の歴史として存在しているというのもすごいなぁと感じました。
正面から見ると改めて素敵な別荘だなぁ
この道は馬車が通ったりする道だそうです。要人たちが集まって食事をしたりするような光景が目に浮かびます。

これが貴族の世界なのか…
青木別邸の近くの道の駅では、那須野が原で採れた野菜などの開拓してからたくさんの人が現代に繋いできた歴史を楽しむことができます。
とっても感慨深いところでした。
近くの道の駅
道の駅 明治の森・黒磯
同じ敷地内にあります。乳製品や新鮮な野菜などが楽しめます。
道の駅 那須野が原博物館
県道55号線を南に進む。車で24分。
那須野が原の開拓の歴史を学べます。
読んでくれてありがとう!
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